きみに拍手を贈りたい

ゆるゆると雑談とか布教とかレポを書きます。サボりがちなので頑張りたい所存。

179-ヘタミュ新作について思うこと

こんばんはかえるマニアです。

昨日あったジャンプフェスタヘタリアについてこんな発表がありました。

 ヘタミュ新作ですって!?!!!!?!???!

ヘタミュの、新作....................

 

ただの"ヘタリア"ファンだったならば、このお知らせはとても喜ばしく嬉しいことだったと思うのですが、拗らせてしまった"ヘタミュ"ファンの私にとっては手放しで喜べるものではなかったのです....

(一応ヘタリアには4月5月にはまったばかりの新参者だということはここに書いておきます...)

 

ヘタミュはSWが2015年、GWが2016年に行われ、2017年のNWで3部作完結、2018年には集大成としてファイナルライブが開催されていました。このとき、ヘタミュが終わるというとき、キャストは「卒業」という言葉を使っていたのです。

 

つまり、新作のヘタミュではこれまでのキャストは卒業し、新キャストの可能性が高いのです。

舞台の世界ではキャスト変更は珍しくもありません。2.5次元を代表とするテニミュやペダステでは2代目、3代目...とたくさんのキャラクターのキャストが変わってきているのも知っています。

 

 

突然話は変わりますが、私は私自身の入学・卒業・クラス替え・模様替え、アイドルの卒業加入、昔のアニメのリニューアルなどなど、、一気に大きな変化してしまうことがとても苦手です。

安定を求める私にとって周りの人間や環境のかわる3月4月は大嫌いだし、好きなアイドルグループに新メンバーが入ってきても半年は余裕で受け入れることが出来ません。もちろん時間が経つにつれて慣れ、平気になっていくのですが、とにかく時間がかかるし実感が沸くまで受け止めきれません。

中には受け入れられなかったものもあります。アニメ「フルーツバスケット」は昔2001年版のアニメを見てから大好きで、2019年にスタッフキャスト総入れ替えで放送された2019年版もそれはもう楽しみにしていました。でも、2001年版のキャラクターボイスで自分の中に「フルーツバスケット」のキャラクターが構築されていた私には、2019年版がどうしても受け入れられませんでした。1話を再生して、冒頭でもう....もちろん新しい声優さんは素晴らしい方々でなにも遜色はないのですが....自分の中のキャラクターが塗り替えられていくのが嫌だったのです。

内面が同じものを他の人が演じる、ということが特に苦手なのです。器は1つしかなくて、入る人が時として違う場合が。

 

(だから徳武くん引退のときはもう三日三晩泣きました。SideMで九十九先生は担当ではなかったけれど、徳武くんがいてこその九十九先生を九十九先生だと感じていたので。)

 

 

同じキャラクターが共存できる場合もあります。アニメが舞台になったものです。アニメはアニメ、舞台は舞台、と割り切れるからです。特に2.5次元はこれまで2次元で見ていた平面のキャラクターが、この現実世界に存在していたらまさにこんな感じだろうな、と感じるクオリティです。2.5次元のキャストを通して2次元を見ている、そんな感じです。だからこそ、あまり違和感なく共存ができたのではないでしょうか。

この場合は器は2次元に1つ、2.5次元に1つの計2つ。入る人もそれぞれに1人ずつです。

 

アニメとアニメが駄目、アニメと舞台はOK、じゃあ舞台と舞台は....?

そう、駄目なのです。私にとっては。

一つの次元に器は1つしかないのです。

 

特に私がヘタリアで恐れているのは、私がミュージカルから見始めてしまったことです。

例えばこれは漫画や小説原作のあるアニメ作品によくあることなのですが、声のついていない原作を読んでいるときに勝手に自分の中で脳内cvがついて、アニメで見たときに思った声と違うときありませんか?私はよくあります。後になれるのですが、決まって先にアニメを見ればよかったなと後悔します。

これは一番最初に自分の中に入ってきた状態が刻み付けられてしまうからだと私は思っています。そしてその刻み込まれたものが芯となって私の中のキャラクター像が結ばれるのです。

いわばヘタリアもこの状態なのです。ヘタミュは私の中のヘタリアの芯になっているのです。ヘタミュキャストがもとにヘタリアのキャラクターを創り上げているのが怖いのです。さっきのを言い換えるならば2次元を通して2.5次元を見ているのです(かなり媒体によって扱う面が違うので多少は2次元も独立してはいますが)。

変化があったとき、アニメを後に見て違和感を感じるのは声だけですが、ミュージカルとなると声だけでなくキャストの動きでさえも違和感に感じてしまう可能性が高いのです。キャストが代わってしまったとき、器に入っているキャストが全く別物だと嫌でも気が付いてしまいやすいのではないかと思うのです。

 

 

また突然ですが、私はアニメ「ファイ・ブレイン」の登場キャラクター、ルーク・盤城・クロスフィールドの『君が死ねば君は僕の中で永遠になり、僕が死ねば僕は君の中で永遠になる』という永遠理論(勝手にそう呼んでいる)が印象的で、よくこれについて考えています。

ルークは死をもって永遠としていますが、そこまで極端ではなく、私は情報を断ち切ることで永遠にもなるのではないかな~と思います。どちらも新しい情報や姿はもう見れないけれど、永遠に自分の中にあるキャラクターが生きていく。

 

だから、舞台のキャスト変更が嫌なのなら見なければいいんですよね。それだけの話。塗り替えなければいい。そうすればずっと私の中の器の人、これまでのヘタミュキャスト改めヘタリアのキャラクターはずっとそのままで生きていくことができる、永遠になる、というのが結論なのですが.....

 

 

 

舞台ぜ~~~~~~~~ったい面白いんだろうなぁ~~~~~~!!!吉谷さんとなるせさんの最強タッグでしょ~~~?どうせ音楽もtakさんなんでしょ~~~~~~?!見たいよぅ見たいよぅキャスト関係なしにあの世界を生で受けてみたいよぉ!!!!!!!!

 

という葛藤がずっと心の中で繰り広げられております笑(全然笑いごとじゃない)

 

そりゃあ一番いいのはキャスト全員続投!なのですが、卒業したんだしファイナルライブもやってしまったので可能性も低そうですしね...特にミュリス....(昨日の声友部でも若干否定的なことを言っていたので..(たぶん))

でも悩んでいるのも無駄というか、公式の発表を待てということなので....

一回忘れて続報を待ちたいと思います!ハルからはアニメもありますしね....

 

というわけで今日はヘタミュ新作について私の思っていることをつらつら書いてみた回でした。あくまで私の持論なので。そこだけは。なんだかとりとめのないまとまらないお話になってしまいましたが今日はこのへんで。

ではまた。