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ファンレって本名書かなきゃダメなの?

どうも、コロナのせいで2月下旬からの予定がすべてなくなり、GWまでクソ暇人になってしまったかえるマニアです。今回はここ最近ずっともやもやしていることを書きなぐっていこうと思います。

 

最近もやもやしてること、そうそれは、

推しのファンレターに本名書きたくない!!!

ということです。え?思わない??

 

確かにネットで検索してみると、『お手紙には本名+住所を書くのがマナー』って書いてあるけど!!知ってるけど!!でもなんかこう...嫌なんだよぁ..筆が止まっちゃうんだよなぁ.....

 

 

そこでいろいろ考えてみた結果、これが原因なのでは?という点が出てきたので書いていきたいと思います。

 

原因①時代の移り変わり

そもそもファンレター文化が始まったころってたぶんイベントやらライブなどもそんなに頻繁には行われていなくて、事務所に郵送するのが一般的だったのでは??(憶測)

だから手紙には声優なり俳優なりアーティストなりの事務所の住所と、送る相手の名前、そして自分の住所と名前もしっかり書いておく。

これが一般的な手紙の形式だよね。これは納得できる。

 

でも今って事務所に郵送するよりイベントに設置してあるプレゼントボックスに入れる人のほうが多数派なのでは?プレボに入れるなら相手の住所いらなくない?

 

これにプラスして、相手の人気にもよるのかもしれないけど、ファンレターに返事をくれる場合も考えられる。この現代ファンレターなんて返ってこないことが多いし、本当にあるのか?!とも思うけど、Youtubeでお笑い芸人さんにファンレター送ったら返事返ってくるのか?みたいな企画のサムネ見たことあるからたぶんあるんだと思う。駆け出しの人とかは返してくれる率高そうだよね。

つまり、

ファンレターの返事をもらう=自分の住所+名前は必須

だよね。

だけど、前述したとおりこの現代ファンレターの返事なんて100%返されない。私の界隈だけかもしれないけど。じゃあ住所は書かんでも良くない??と思うわけ。

 

結論:相手の名前と私の名前が書いてあれば良くない?(プレボの場合)

 

原因②所在って必要?

原因①では、自分の住所ってファンレター返してほしい場合以外いらなくない?という結論が出た。私はもとから返事が欲しいわけではなく、ただ自分の想いと感謝を伝えたいだけだったので、「ほんとに住所書かなきゃいけないの?」と思った。

 

この疑問を私より普段からライブに行きまくって毎回ファンレターも書いている片割れにぶつけたところ、

「どこの誰だかわからない人から手紙貰ったら怖いじゃん」

と言われた。

えー、そうなの?う~~んまぁ一理ある、かも?(全然納得してない)

 

私は全く有名人でもなく手紙をもらったこともないのでわからないけど、くれた人の所在なんて気にするかなぁ??

『手紙をくれた相手の住所』よりも『自分のファンであるか』のほうが重要じゃない?

 

だって宅配便で届いた荷物、倉庫や発売元の住所見ないでしょ?家族とか友人とかの知り合いだったら見るかもしれないけど。「〇〇のDVD」とかの内容で判断するじゃん。

でもこの例えは適切じゃないかもしれない。

 

『手紙をくれた相手の住所』が書いてあるけど中身が意味不明の手紙と、

住所は書いてないけど『自分のファンであるか』を感じられる手紙だったら、

どっちか怖い?私は前者。

これも適切なのかわかんないな。

 

てゆうか住所知ったところでどうするの?「日本に住んでるんだ」「関西の人か」「近所じゃん」みたいな???わからん

 

何言ってるかわかんなくなってきたけど、とにかく、

結論:住所<ファンという肩書

 

原因③認知のデジタル化

次にこれ。私は別に認知されたいわけじゃないけど、相手からしたら名前で「あっこの人、前も手紙くれた人だ」とか思うわけだよね。

 

まだ時代のデジタル化が進む前は、こちら側の名前を伝えるすべはファンレターor接触orラジオネームくらいだったのでは?(この時代のことはよく知らないけど)

一番名前を覚えてもらいやすいのはやっぱり文字として目に見える手紙だと思う。つまり特定の相手を覚える名前はファンレターの本名の確率が高い。もしかしたら手紙にハンドルネーム(以下HN)も書いてるのかな。わからんけど。

ラジオは毎週レベルで送ってたり、あまりにも破壊力ありすぎる名前だったらHNでも覚えてもらえそうではあるけど。

 

一方、たくさんのSNSが登場しているこの現在では、相手の目に入る名前は確実にHNのほうが多い。どの界隈のオタクでも、SNS上で(下の名前オンリーはあり得るけど)フルネームを出している人は少数派。HNでTwitterInstagramにいいねを押したり、時にはリプをし、Youtubeでコメントを書く。推しが特定の相手を覚える名前は確実にHNなのだ。

 

そして最近一番ひっかかったこと。

Youtuberさんのプレゼント開封動画である。イベントのプレボに入っていたプレゼントを紹介していく動画なのだが、オタクの層が違うのかプレゼントやファンレターにはHNしか書いていないように見える。なぜ画面越しの私が分かるのかというと、Youtuberさんはご丁寧に「〇〇ちゃんありがとう!」と言ってくれるからである。さらには普通にその名前を覚えている=認知しているのである。「いっつもリプくれる子!」とかそういうふうに。

 

私は思った。HNだけでいいんじゃん。というかあの場で本名フルネームで書いてたら浮くわ。(普段リプやらしない人間は絶対覚えてもらえない気がするので時と場合による)

まぁつまり、HNが認知されていれば、そのほかの情報を書いていなくても特に不審に思われない。

 

結論:HNのSNSは認知に強い。

 

原因④本名≠オタクの私

ここまで書いてきて、もう本名もHNもどっちも書いときゃいいじゃん住所もとりあえず書いとけよ、と思ったでしょう。

でも書きたくないんだよ....だから今書かなくてもいい理由を探してるの....

 

これを強く思う理由はそう、

本名の私はオタクの私ではない

から。

なに言っとんねんコイツ。

 

仮にここで私の本名を「手紙書子」、HNはそのまま「かえるマニア」としよう。ややこしくなりそうなので。

 

私は普段「かえるマニア」という名前でTwitterをしている。私にネット上でのオタク活動はほぼTwitterで、「かえるマニア」として推しへの想いや愛をつぶやいている。

これを長い時間行っていると、私の脳内でオタク活動をしているとき、自分=かえるマニアとして認識しているのである。これは理解を得られると思う。HNでオフ会に参加したり、イベントで名乗ったりしている人もいるからだ。

たとえ「手紙書子」の素性を知っているリアルの友人とオタク話をするときでも、私の脳内認識は「かえるマニア」なのである。

 

一方で私の「手紙書子」という名前は、例えば家族といるとき、学校にいるとき、バイトに行っているときに認識している。「手紙書子」はオタクを表に出さない私であり、推しとは切り離されているのである。

 

つまり、普段から推しに向き合っている私は「かえるマニア」であるから、推しへのファンレターに普段切り離されている「手紙書子」という名前を書くのに躊躇してしまう。決して自分の名前が嫌いなわけではない。ただ、違う世界線の名前なのだ。オタクの世界にリアルの名前を入れたくないのである。

だから、ファンレターに本名を書くのがマナーだと頭ではわかっていても書きたくないという気持ちが生まれてしまうのである。どうしたらいいんだ。

 

結論:違う世界線の私を持ち込みたくない。

 

結局

最近思っていたことを書きなぐってみたけど、結局何が正解なのかわかんなかった。

時代が変わっていくにつれてしきたりも変わっていってるのかな。みんなどうしてるんだろう。意見ください。

私はチキンなのでこれからもとりあえずすべての情報をファンレターに書きます。これだけ言っておきながら。チキンだから。しょうがない。推しに「なんだコイツ」って思われたくない。チキンだから。

 

まぁオタクが考えに考えても、これはどうなのとか感じるのは送る相手次第なんだけどね。推しがインスタで質問コーナーとかやってるときにきいてみようかな。

 

 

というわけで今回はこれにて終わり!ぐだぐだな文章なのに最後まで読んでくださってありがとうございました!

(私脳内の考えを順序良くわかりやすく説明するのクソ下手なのでは?とこの記事を書きながら改めて感じた所存)